内向型教師が適応障害と向き合う日記

適応障害で休職中の教員です。病気と、自分の気持ちと向き合うために日々の生活や考えたことなどを書いていきます。

葛藤。

ここまで書いてみると、思ったより充実した休養期間を過ごせているように感じます。


実際、自分の時間が増えて、教員として働いている間にはなかった、頭と心の余白の存在を、ゆっくり感じることができています。

 

しかし、「今はこの先のことは考えず休むことに専念する。」ことが必要とは認識しているものの、そう長くない期間のうちに、向かうべき方向を選択し、覚悟を決めなければならないということが分かっている以上は、どうしても心の中の葛藤が生まれます。

 

私はそんな葛藤を感じた時やぶつけようのない怒りや悲しみを覚えたとき、大きめのノートにひたすら書きなぐっています。今回はちょうどこの頃に綴っていたことを、一部、伝わりやすいように書きかえながら、残しておきたいと思います。

 

 

「(学校に)戻ろう」という気持ちと「もうあんな搾取にまみれた場所には戻りたくない」気持ちがせめぎ合う。子どもに寄り添って、支配するのではなく、教えることを楽しんで、もう一度教壇に立ってみたいという意気もあるけれど、それ以外の面で雑音が多すぎることを知ってしまったから。身体が現場のペースについていけないこと、心の余裕を保てないこと、子どもとの対話を楽しみたいのに、彼らの存在を煩わしく感じてしまう瞬間が辛いこと。プライドなんてもつ必要はないってことは分かっているけど、ことごとくへし折られることがあることを、知ってしまったから。今のこの生活が終わるのが怖い。教員の楽しい瞬間だけをかみしめて仕事ができたら幸せなのに。やりたくないこと、意義を見出せないことが多い。環境に耐えられない自分と、能力の低い自分と、不器用な自分と、向き合うことから逃げたいだけなのか?それともあの環境が異常なのか?その両方なのか?単に好きなことだけしていたいっていう、単なる我儘なのか?職員室が個室ならいいのに。結局一番嫌なのは、大人同士の関係なのかもしれない。私が人間嫌いなだけなのか、みんなそう感じるようなものなのか。どっちなんだろう。